山県有朋 没後100年記念

2022/06/30

 

山県有朋は、萩出身で松下村塾に学び、幕末は奇兵隊の軍監として活躍しました。 明治維新後は陸軍トップ、首相、そして元勲として功績を残しました。

今年は、山県有朋没後100年に当たります。


山県 有朋
(やまがた ありとも)
1838~1922

下級武士の家に生まれる。前名を小助・狂介。素狂・含雪・椿山荘主人・無隣庵主人などと号す。安政5年(1858)、藩命で京都に派遣され尊王攘夷論の影響を受け、帰国後吉田松陰の松下村塾に入門する。文久3年(1863)、士雇に列せられ、奇兵隊に参加して軍監となり頭角を現し、数々の戦いで戦功を立てる。明治元年(1868)の戊辰戦争では新政府軍の北陸道鎮撫総督兼会津征討総督の参謀として各地を転戦した功により賞典禄600石を与えられた。翌2年、渡欧して兵制を学び、翌年帰国。大村益次郎亡き後の兵部省に入り、兵部少輔、兵部大輔、陸軍大輔と進み、徴兵制を施行させるなど近代陸軍の基礎づくりに尽力した。西南戦争などの士族反乱を鎮圧し、軍人勅諭の発布に参画した。明治18年、第1次伊藤博文内閣の内務大臣となり地方自治制を制定。みずからも22年と31年に2度組閣した。23年に陸軍大将となり、日清・日露戦争を推進。政党を嫌い官僚政治を進めた。元帥・元老として政界・軍部に絶大な影響力を持ち、「長州閥」に君臨した。(萩データベースより引用)
【写真/萩博物館蔵】


 

萩博物館特集展示「山県有朋と奇兵隊士」 

20224月~20233
萩博物館 高杉晋作資料室内特設コーナー

萩博物館ホームページ

 

 

山県有朋誕生地

山県有朋誕生地は、萩市川島の橋本川沿いにあります。
旧宅などは残っておらず、「元帥公爵山縣有朋誕生地」と刻まれた石碑が建っています。

山県有朋誕生地

 

 

中央公園に建つ銅像


中央公園に建つこの銅像は、彫刻家・北村西望により製作されました。
長崎市の平和公園にある「長崎平和祈念像」は北村西望の最も有名な作品です。

山県有朋銅像